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人生における可処分時間の振り分けられ方について

以前、文字を読むスピードを測定してもらう機会があって測ってもらったところ、平均値のおよそ2倍であることがわかった。

元々のものなのか、本をはじめとする文章を読むのが好きだから鍛えられてきたのかは分からないが、限られた人生という時間の中で、速く読めるということはその分大好きなものをたくさん読めるということか、と思って嬉しくなった。

さて先日。
取れたズボンのホック(ハイ!ここでツッコまれると泣いちゃうからやめてね!w)を久しぶりに針と糸とでチクチクしたのだが、まあ時間がかかるかかる。
元々手先は高倉健さんか私か並に不器用で、日常の動作でもみんながサッサとできることに対して異常にトロいということがよくある。

ということは、、、
何か読んだり考えたりとかをスピーディにこなせたとしても
日常の色んな動作が遅いもんで、
結果としてトントンやーん。

んでも、誰でもできることできないことがあって
ついついできないことに目を向けて泣けたりするんだけれども
だからこそ助け合えたり補い合えたり
足りないところが逆に愛しかったり
そんなことがあるんだろうな、とも思ったりする。
(自分のことについてはなかなかそうは思えなかったりするのでトレーニング中だけど。)

しかし、裁縫もそうだけど、掃除とか整理整頓とかも異様に苦手で、毎日生きていくにあたって必要なスキルが不得意というのはなかなか生きづらいな、とも思う。
(´・ω・`)

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